日記キノココアララッパガリア餡子呼吸宇宙海ミトコンドリア愛してる。



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kajutaka
  • Author:kajutaka
  • 1983年10月20日生
    好きな食べ物:sushi
    たぶんこの食べ物になら、一回の食事でいくらかけてもよいと思う。
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    あらがきゆい
    最近自分がすごくガキだなぁって思うことが多い。
    実際なんとなくガキなんだと思う。

    完全にガッキーです。


    少しずつ少しずつ成長してる感が薄れてて鈍くなって鈍くなって
    僕が僕のお母さんだったら

    『一体何やってるの!!』

    って叱りたくなるくらいガッキーだ。



    社会人的対応がまるでわかってません。
    想像力不足だ。


    知識ばっかついたってクソの役にもたたんぜ


    次の企画で教育をテーマにやることが決まって
    中学校のときの先生に10年ぶりくらいに電話で話した。

    『マスコミはおれ信用してないから』
    『ここ何年か教師やら何やら叩いてきたのはマスコミだから、おいそれと話はできない』


    実際今回だって教育ってテーマでやることが決まって
    『なにか問題点ないかなー』というステップ踏んでる時点でたぶん間違ってんだ。

    問題点探してんだ。それが社会に与える影響を無視して


    言われて初めて「あー僕はますこみにけーしょんの人間なんだ」って思った

    甘い。

    知り合いなら協力してくれるだろうなんてそもそも甘いんだ。


    やればやるほど報道が嫌いになる。
    むしろたぶん最初から否定的だったんだと思う。
    報道にジャーナリズムはない。フリーにならない限りない。
    公共性と公平性なんてそもそも報道には無理なんだよ。
    理論崩壊してる。


    そのギリギリの境界線で闘わなきゃいけないんだと思う。


    言い訳になるかもしれないけど、
    僕は「ますこみにけーしょんの人間」になんかなりたくはない。
    ぼくは「作り手」になりたいんです。


    自分の腕がどれくらいの人間を破壊するかをすこしずつ見極めながら
    その振りかぶった腕のその先にどれくらいの人間をつかんでるかを考えて
    自分なりのルール守らないときっと見失うんだろう。


    今日は反省。いかんいかん。




    高校受験、大学受験、就職。




    選択肢がこんなにわかりやすかったらいいのに。
    マニュアル本なんか腐るほど売ってるぜ
    ほぼ影に隠れた選択の連続だと思う。


    選択したことにすらきっとみんな気付いてない。


    きっといろんなところに落ちてるよ。

    そしてどんどんどんどん分からなくなっていく。


    無駄なことなんてない!
    なんて昔は思ってたけど、



    無駄なことはあると思う。いらない知識だってきっとある。

    それらが判断力を鈍らせていく。
    「ーあの気持ちもわかるけど、こっちの気持ちもわかるー」


    今、大事なのは選球眼


    おわり

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    結婚式と25歳の僕
    12月あたまの日曜日に新郎新婦共々友人の二人が結婚した。

    その頃僕は予定外の忙しさの真っ直中で、すでに局内泊まり2日目だった。
    披露宴中は次のオンエアVTRの試写中で行けず、
    参加中の友達から『披露宴の席はなべさん以外埋まってるよ』との連絡あるも
    『無理』との判断。
    それから二次会の終わりまで40分前くらいと迫ったところで『顔だけでも出さねば』と思い、会社の車を黙って借りて会場へto。

    ナビタイムに頼っていったら道に迷ったあげく5分前に着いて入口に入ったら、すでに退場後の新郎新婦に入口でバッタリ。

    会った途端に『おいっ!遅い!』

    参加者みんなスーツの中、二日目の服を着た髭も整わない僕は
    『すいません、すいません』と平謝りした。
    その後一緒に参加者を見送りつつ、久々にいろんな友達と会った。

    …ポケットで唸るチーフディレクターからの電話を無視しながら。

    会場にいたのはものの30分で
    仕事に戻るためにチーフディレクターに『すいません、ちょっと寝てしまってました!』と謝りながら車を走らせて仕事に戻った。

    友達のめでたい日に行けないことがこれからも続くと思ったら
    『なんなんだこの仕事はっ!』
    と思った。

    早くペーペー抜けだそう。


    その後水曜まで5泊6日の局内生活を終えた。
    6日目の自分の服の袖の匂いを嗅ぐ。



    『意外と臭くないんじゃないか?まだまだ若いんじゃないか』

    家に帰って、
    『これが6日の服だ、嗅いでみ?まだイケるっしょ』

    と彼女に嗅がしたら
    『オヤジくさっ!めっちゃオヤジくさいよ、これ』

    と言われて

    黙って洗濯機を回した。

    会社に制汗剤とファブリーズを常備しようと思った。




    帰って歌いたくなってもいいようにと思ったのだ
    最近わりと戦争について考えてて

    勉強すればするほど、今まで疑いもしなかったことが覆っていくんです。

    戦争の時代に生きてた若者や東条英機とかいわゆるA級戦犯やら、BC級戦犯やらの人に思いを馳せるのです。

    戦争を起こさせるのは国のトップなんかじゃなくて、大衆なんじゃないかなぁと思った。
    最後にその責任をとるのが上層部の方々なんだろうなと思う。

    家族の風景/ハナレグミ

    おそらく来週から10月中旬まで忙しくなりそうなので
    明日だけでも久しぶりに実家に帰るかー。

    本当は今日終電で千葉まで帰ってそこから深夜をバイクで駆け抜けようと思ったんだけんども、バイクのスターターがイカレてるのかわからんが

    うちのマグザムちゃん、故障してた。

    ちょっと前に

    i-PODが完全に壊れた。


    僕にとっての自由への翼が二つとも折れちまったよ。


    いーまー私のーねがーいごとがーかなーうーなーらばーーーー





    千葉行きの終電に乗ってたのに津田沼の次が国立って出てびびった話
    どこぞの本に
    過去にあった事実は変えられないが、その解釈は変えられる
    って当たり前のことが書いてあってね。

    事実はどうあれ、口から「イエス」って出したなら、それがたとえ嘘だろうがなんだろうが、それがキッカケでどうなろうが
    ちゃんとケツ持てよって。

    事実を確かめることは容易いから、だからこそしたくないんだと思います。




    ランナーランナー
    尊敬できそうな先輩がいたら、その人の下に付くよりななめ後ろに付いた方がいい
    前に出たときに抜けるから、
    先輩とイマイチ仲良くなれないことと引き換えに。
    気に入られるより、認められたいです。


    人の山に登っても、頂上にはその人がいるっちゅー話

    José González - Down The Line

    電車で寝てる人が、頭をかくんと横に持っていってしまうのはなぜだろう
    おれならんもん






    トレインワールド
    この年になって気付いたけど、毎日定刻に電車に乗るようになると、ノートーキングbut顔見知りが増える。

    知らず知らずに自分の乗る車両が決まってるってことだ。

    収束しているぞ。

    こうやってみんな収束していくんだ。良くない良くない。




    そういえば電車内マナーに関して

    車内で化粧しても良くね?
    電車内で会話OKなら電話はなんでダメなの?

    って思ったりする。

    日本人的な不快ラインに触れるからだろうかね。

    あの車内は静かにって雰囲気こそが気持ち悪いなぁって思う。




    ちょい前がストックホルム篇の回で
    ストックホルムの地下鉄のホームはアート空間になっていて、洞窟のような天井全面がキレイなブルーに塗られていたり
    他の駅では環境問題を訴えるため緑と赤で構成されている。

    ハイビジョン映像はめっちゃキレイだ。


    日本は日本らしく車内が木目になっていたら気持ちイイなぁと思う。
    そういう目に入る景色が長期的に見れば多大な影響を与えると思うのに、あまり認識されてないような感じがします。


    その場的な必要か不要かってより「こうゆうほうが気持ちイイよね」って感覚。


    公園だって箱ブランコなくなったら箱ブランコから広がる感覚がなくなり、ぐるぐる回るジャングルジムからもそこから取り入れられるものがなくなる、と。


    メディアリテラシーの話になってくるので他人事ではないですが。



    点と点が繋がって線になる。



    若者は時間が無限にあると勘違いしてるらしい。
    どこぞからの抜き出しですが


    ○昔、中国で、医学を志して勉強していた若者がいました。ある老人がこの若者に彼の一生を予言しました。
    その老人によると、おまえは医者などになるより、科挙の試験を受け、仕官として進めば大成する。そして何歳で受かり、それ以外のこともこと細かく、死ぬ年齢まで予言したそうです。
    科挙の試験に受かるということは、仕官として出世を約束されたも同然ですから、若者は喜びました。
    そして、今までの医者の勉強をやめ、老人の予言通り、仕官の勉強を始めました。数年後、それらがことごとく当ったのです。試験に受かる年齢から結婚する年齢、その他、すべてが老人の言ったとおりになりました。

    最初、若者は自分の人生が言われたとおりに進んで行くことに感激していましたが、あるとき、このように前もって決まっている人生が馬鹿馬鹿しくなり、生きる意味を見失いかけていました。
    そのようなとき、仕事で、ある寺に泊まりました。その寺にいた禅師が、若者の達観したような雰囲気に興味を持ち、「年の割にできておられる。どのような修行をして、そこまでの境地になられたのか」と尋ねたそうです。

    若者は今までの経緯を説明し、昔、ある老人に言われたとおりの人生を歩んでいることに最初は喜んでいたが、なるようにしかならないのなら、もう何かにチャレンジしたり、努力することが馬鹿馬鹿しいと思うようになり、そのため生きる意味が見いだせないと話しました。
    その絶望が、ちょっと見には達観した雰囲気に似ていたので、この禅師は彼に興味を持ったのです。しかし、若者の話を聞いて、「なんだ、おまえを見損なっていた。つまらんやつめ。」と吐き捨てて、どこかへ行ってしまったそうです。 ●






    僕は輪廻転生も信じないし、運命論者でもないけど、根が理系なので結局は「理由」だとか「意味」を探してしまうことは同じでした。


    生物学的には、僕らが二本足で立ってたりとか、体中の毛が抜けて一部にしか生えてないだとか、そういうことに意味というか理屈が存在してるんだろうけど、たしかにそんな奇跡的な進化すら理由があるんだとしたら、「すべての事柄にも理由があるかも!」って思ってしまうのはしょうがないかもしれない。
    なんか僕はちょっと前までそういう有意味症候群にかかってたなぁと思います。


    意味がないことも世の中にはたくさんある。


    自分的にはなかなか深い言葉です。空気が抜けるような言葉です。




    すばらしくてNICE CHOICE
    最近腹が立つこと。
    モノや人がその責任をまっとうしてないとき、結構アングリー。

    僕は携帯とは別にウィルコムも持ってるんですが、奴がかなり電波が安定してなくてよく切れるんです。
    もうね、それが腹が立って仕方ない。

    「てめー、電話するための機械じゃねーのか!!!」って本気で思います。
    「電話がちゃんとできないんだったら、お前はなんで存在してるの?」って本気で思います。


    あとは客がやたら偉そうなとき

    僕は飲食店において、料理を出す側と食う側は立場的にはフィフティーフィフティーだと思ってて、食う側はお金を出すことで、それと対価で得られる料理とサービスを受け取るという関係性だと思うんです。
    要はお金出して漫画買うのも一緒です。

    だから立場も何も、食いたいから金だすんでしょ?みたいな感じなので
    「おれは客だぞ!」みたいなのはもう意味がわかりません。
    お客様は神様じゃありません。

    お金を受け取るこちら側としても、お金をもらうからには責任持って接するし、そういうプロフェッショナルな関係でいたいのに感じ悪い客は「は?」って本気で思います。
    「じゃあ食うんじゃねー」って本気で思います。

    逆も然り。
    出すお金に見合わない接客されるともうアングリーです。
    お金もらって仕事してんだろ!って思います。



    最近の新入社員が仕事が続かずどんどん辞めるというのはよく聞くけど、仕事が合わないっていうんだったらしかたないけど、まだ何も任されてもいないのにつまらないもつまるもないと思うんだよなぁ。
    やりがいって責任感がないと生まれないもんな。

    これと言って何か具体的ではないけれど、社会に対して僕らは責任があるんじゃないかなぁって思います。
    だから、働くのかなぁって最近思います。

    まぁまだ僕は社会に出てないんすけどね。


    自分の力で動かせるモノがでかくなればなるほど、その感動も一塩な気がする。
    大学生の世界観なんて狭いとは思う。


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